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イベントレポート

【レポート・鍋講座vol.40】「これからの文化助成を考える 〜2018年度文化庁文化芸術助成制度の改変を受けて〜」

平成30年(2018年)度から、文化庁の芸術文化振興費補助金のうち、映画製作への支援に関する制度規約が大きく変わりました。何が、なぜ、どう変わったのか? 文化庁から映画担当の調査官・戸田桂さんと、日本芸術文化振興会から裏山晃生さんを迎え、第一部は新制度について説明を聞く機会、第二部は映画と助成金についての開かれた話し合いの場を企画しました。映画監督の深田晃司さんと舩橋淳さんは司会・聞き手という立場を超えて、インディペンデント映画の製作者としての訴えを強く展開し、白熱した2時間となりました。(レポート:藤岡朝子)

2018年8月28日(火)。独立映画鍋としては初めて、九段下の千代田区かがやきプラザ「ひだまりホール」を会場にした鍋講座である。施設の上層階に高齢者センターを兼ね備えた公共ホールで期せずして「映画と公的助成」について議論するのはどこかふさわしく、会場には早い時間から多くの参加者が集まってきた。会場はまもなく124人の参加者で満席になった。

第一部 新しい助成制度を知る


ゲスト:戸田桂(文化庁 芸術文化課 文化芸術調査官 映画担当)
    裏山晃生(日本芸術文化振興会 企画調査課)
聞き手:深田晃司(映画監督・独立映画鍋 共同代表)

まずは、助成制度のどこが改善されたのか。
資料参照:「文化芸術振興費補助金 平成31年度助成対象活動募集案内 (映画製作への支援)(ダウンロードリンク)


戸田さんと裏山さんの話より:
文化庁では、優れた日本映画(劇映画・記録映画・アニメーション)と、ユニジャパンの認定を得た国際共同製作映画の振興を目的とした政策を担っている。近年、深田晃司監督をはじめとする映画界の声を受け、映画製作の助成制度に関して:

① 低予算映画・新進監督の支援をより丁寧にできないか 
② 数年間にわたる支援ができないか

という課題に取り組んできた。

その結果、2018年度より次の点が変更になった:

①  2か年助成制度を新設
多くの映画製作では企画から完成まで数年単位の長い期間がかかるにもかかわらず、これまでは助成申請をした年度末までに完成試写をしなければ助成金が受け取れなかった。これでは、応募段階でほぼ完成していなければ間に合わないのが実情だ。今回の制度で、2か年合わせても単年度助成の金額と同額にとどまり、進捗状況の報告義務はあるが、完成前に助成金の一部を受け取ることができるようになった。

② 劇映画に予算1,500万円の低予算映画も申請できる枠を新設
劇映画は、これまで予算総額が5,000万円以上でなければ助成応募ができなかったが、1,500万円規模の作品でも500万円の助成を受ける枠を新設した。かつてより低予算で製作できるようになった現状を受けての改変。予算はいくら低くしてもいいのかという別問題はあるが、今後も柔軟に進めていきたい。応募は監督の年齢を問わない。

③ 会計報告の簡便化
インディペンデント映画を作っている小規模の製作会社は、会計経理や書類管理をこまめにやるのが大変。その点、今回の要綱では審査を通った場合、報告書と併せて提出しなくてはならない領収書類が、これまでは総予算分であったところを、助成金額分で済むようになり、作業負担が軽減化されている。

第二部 これからの助成制度を考える


ゲスト:戸田桂(文化庁 芸術文化課 文化芸術調査官 映画担当)
深田晃司(映画監督)
司会:舩橋淳(映画監督)


ここからは、まず登壇している三者のディスカッションが繰り広げられた。
司会の舩橋淳監督はこれまでに劇映画、ドキュメンタリー映画、国際共同製作映画の三作品で文化庁の製作助成を受けている。まずは、ポルトガルの映画助成制度を例に、その審査の透明性への徹底したこだわりと、落選した人も抗議をして再審査を訴えられる機会の公平性について紹介し、議論に切り込んだ。
対する文化庁の戸田さんは、日本の制度は「(ポルトガルのようにポイント制ではないが)審査基準は公開されている」「審査員名は審査終了後に発表される」「シナリオの評価はそれぞれなので審査会は討議となっている」と応じ、密室ではなく公平な審査だと訴えた。
次に深田さんから、映画鍋主催の鍋講座Vol. 13「世界の映画行政を知る②韓国編」で学んだ、「量的側面、規模的に小さい低予算映画」と「質的側面、政治問題を扱うものやマイノリティの声を映す映画など」の二つの面から「多様性映画」に枠を与えて支援するKOFIC(韓国映画振興委員会)の制度を紹介。
「日本の場合はどういう映画に助成すべきか、映画人が議論できていないのでは?」と提言した。
 舩橋さんは、サポートすべき映画がエンターテインメントなのか芸術なのか、日本の省庁はその定義をあいまいにしているのではないかと指摘。アートとしての映画を明解に掲げるフランスと違い、日本では助成がなくても成立する商業映画にも公的な補助金がいくことを問題視した。
 戸田さんは、助成金の審査員が制作者の「企画意図」も審査材料にしている点を指摘した上で、芸術・娯楽の二項対立ではなく、助成を受けた映画が完成・公開されるか否かが重要なポイントであることを強調し応じた。この論点に対し、登壇した監督たちは大手映画会社に対する独立映画人の意地を見せ、ディスカッションの後半に何度も反論を繰り返した。ポイントは、ほっておいても公開される映画よりも、なかなか劇場公開できない独立映画(イコールではないが、アートとしての映画)を助成すべきではないか?という点と、国民の血税を財源とする公的助成を広くは見られない「マイナー」な作品に与えるべきか?という点の対立にあり、それら矛盾を含みつつも両立するすべはないか、言葉が尽くされた。

映画館への支援

 話題は製作助成から、次は上映・配給の支援に移った。

 このイベントチラシに使われた画像は、カンヌ映画祭ある視点部門の審査員賞を受賞した深田監督の長編5作目「淵に立つ」(2016)を上映したフランスの地方都市の映画館のひとつ。フランス国立映画センター(CNC)はこのような人口の少ない地域にも文化芸術を享受する機会を提供するため、全国で300余りの映画館に支援をしている。「お客さんに映画が届いて初めて映画製作が終着するのに、なぜ日本では難しいのか?」と深田さん。
 戸田さんからは、文化庁でも「自律的な創造サイクルの確立」を目指しており、観客の育成を含めた映画を取り巻く環境すべてを助成対象にしていくべきだと考えている、と。
フランスの場合は映画業界の中で資金が循環するチケット税の制度や、資金を貸し付ける制度など優れたシステムがあり、映画支援にかけられる予算は800億円もあるが、日本の文化庁は20億円という圧倒的な予算の少なさが否めない。
 そんな中で、商業性の低い作品や無名の監督の作品も、興行ベストテンを飾る娯楽映画も、どちらも共存できる社会を実現するには? 深田さん曰く「リュック・ベッソンに近づくことを求められないでジャン=リュック・ゴダールが自分の映画を作り続けられるようにするには?」


 戸田さんは言う。これは文化庁のみではなく、日本全体の問題だ。バックアップしてほしいのは、批判の声も重要だが、応援の声も必要だ。税金で「文化のためにいいことをしているよね」と映画人、一般が盛り上がってほしい。
 確かにそうだ。良い仕事に「ありがとう」と言うべきだ。特に、今回の助成制度の改善については、享受する映画関係者の私たちがもっと広く知らしめ、さらなるエールを送り、要望を伝えてプレッシャーをかけていく関係が望ましいと思う。行政機関は「お上」ではなく、国民の代理人なのだ。もっと対話をしていきたい。

映画教育の必要性

 「学校上映ってもうないんですよね。」と舩橋さん。子ども時代に学校で映画を体験したことが映画監督への道につながっている。また、子どもの時からイラン映画を見ていたらイラン人のイメージが膨らむように、「映画は世界の多様な声や感情をすくい取って、ダイレクトに具現化・顕在化することができる。これは民主主義、民度の問題だ」と深田さんが続ける。映画の多様性を保障することが社会の多様性を守ることになる。「でも多様性は日本では経済的価値に負けてしまう。文化芸術には同時代的な経済価値では測れないものがあるのに。」
 文部科学省では今も芸術の専門家を学校に派遣して生徒に芸術鑑賞の機会を与える授業を設けているが、芸術分野がオーケストラや古典芸能やダンスなど多岐にわたるため、映画がその枠を取り合う競争の中にいる。そのことは【鍋講座vol.19】~映画人口の少子化対策?!~映画体験を学校で~で吉原美幸さん(新日本映画社)の話からも聞いていた。
 多様性を育むために映画を押したいのに、多様性の競争の中で映画が苦戦しているのが皮肉である。テレビやスマホなどメディアや娯楽の多様化と選択肢の増大が、映画館でのスクリーン体験を少なくしてしまっている。

 講座の終盤30分は、質疑応答タイム。スカイプ中継で議論を聞いていた岡山・姫路・高知の映画鍋メンバーから、学校上映の復活、人口が減少する地方映画館の支援を訴える声が続いた。戸田さんは、コミュニティシネマセンターによる全国映画上映の実態調査を文化庁は助成しており、映画スクリーンのない映画空白地が全国に広がっている点は承知しているが、「衰えていく地域に国の金を投じることの是非については国民の後押しが必要」と。しかし過疎地域でも文化芸術の享受を含め国民の基本的人権を守る国であってほしい。「映画業界が映画の公共的価値を訴えることが重要だ」と深田さんは声を強くした。
 他の質問者からは製作助成の審査や運用についての確認などが上がる中、文化庁の方ではなく舩橋監督や深田監督が実用的な回答を返す場面もあり、互助会としての独立映画鍋の面目躍起といったところか。2時間があっという間に終了した。

 今回のイベント後、「文化庁や芸文振のゲストの話をもっと聞きたかった」「監督たちが自分たちの都合ばかり訴えていた」という意見が聞こえた一方で、「自分と同じ独立映画の作り手の言葉を聞いて気持ちが熱くなった」「勇気をもらった」という感想もたくさん届いた。メディアも注目し、大手新聞4紙と映画業界の通信社が取材に入った。行政の担当官と業界の代表者が公開の場で、文化政策について忌憚なく話し合うという場面は、映画界ではこれまであまり聞かなかったが、社会のことを考えるのは行政の責任だとは言え、映画人も一緒に考えていくことの意義を見た気がした。今後も独立映画鍋では、こういう場を創出していきたい。
(了)

《ゲスト・プロフィール》
・戸田 桂
(社)日本映画テレビ技術協会事務局にて「映画テレビ技術」の編集等を担当した後、映画研究者。平成29年4月より文化庁芸術文化調査官として、主に日本の映画とメディア芸術振興に関する施策に従事している。
・裏山晃生
文化庁にて政策課会計室、芸術文化課で主に支援事業に携わり、国際課課長補佐を経て、平成29年4月より独立行政法人日本芸術文化振興会基金部企画調査課長に着任。現在に至る。