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イベントレポート

【鍋講座 vol.13】世界の映画行政を知る②「韓国編」 大原とき緒レポート

日時: 2013年12月23日(祝・月)19:00~21:00 下北沢アレイホール
【ゲスト】鄭仁善 チョン・インソン(韓国映画振興委員会(KOFIC) 日本通信員)
【ファシリテーター】深田晃司(映画監督『ほとりの朔子』『歓待』)

年末の三連休最終日、クリスマス直前の鍋講座は、50名以上の参加者(映画鍋メンバーと一般の方の比率は半々)があり、講座もQ&Aもかなり熱く、その後の忘年会も30名以上の参加があり更に熱い一夜となりました。

その熱さは、KOFICにてインディペンデント映画製作開発のための研究をされていたというチョン・インソンさんが、グラフや写真で丁寧に作ってこられたPowerPoint資料と、彼女の静かな口調で語られた韓国映画行政・映画人達の熱さによってもたらされたものに違いありません。

鍋講座に、まだ二回しか参加したことがなく、世界の映画行政など全く知らなかった自分にも、韓国国内の映画に対する熱さなど、すごい!うらやましい!と思うことが多々ありました。

■1人当たりの映画観覧回数世界一!

韓国の年間興行入場者数が今年初めて2億人を超え、1人当たりの年間映画観覧本数が4本と発表されました。(韓国の人口は5千万人・・日本は1人当たりの年間映画観覧回数は1本・・・)
チョン・インソンさんによると、韓国では映画が最も人気な大衆文化であり、韓国人同士で映画の話はよくされるのだそう。TVなどによる大量PRは韓国でも行われているが、KOFICの調査結果では、もっとも宣伝効果が大きいのはインターネットの情報、口コミ、テレビの順番。また、日本では映画館での一次視聴30%、DVDなどによる二次視聴70%の比率になるが、韓国では真逆の比率になる。入場料が日本円で700円くらいと安いのも理由かもしれないとのこと。深田監督より、フランスではTVCMは禁止との情報。

■20年の間に何が起こったのか?

70年代、ハリウッド映画の市場占有率が80%だった。20年の間に何が起こったのか?
80年代に韓国映画アカデミー設立。ポン・ジュノ監督など多数の監督を輩出。
90年代に入ってから、大手資本が入ってきた。
1995年 映画振興法成立。
1997年 南楊州総合撮影所(旧ソウル総合撮影所)
1999年 KOFIC(韓国映画振興委員会)誕生。
2001年 ワラナゴ運動。評壇でいい評価にもかかわらず、1週間か2週間で上映終了の映画に対して、観客側から(!!!)再上映を要求。「ワイキキ・ブラザーズ」「ライバン」「ナビ」「ゴヤンイルブタケ」の4作品の頭文字をとって「ワラナゴ」とされた。芸術映画の観客が在るということを主張!
2002年 芸術映画専用館誕生。
2006年 スクリーンクォータ制度、アメリカの要請により縮小。年間146日間から73日まで縮小。(スクリーンクォータとは、自国映画の上映を日数・スクリーン面数などの最低基準を設けて国内の映画館に義務付ける制度)映画人や市民社会からの反発は大きかった!
2007年 映画発展基金の創設。映画入場料(韓国映画、外国映画)より3%を徴収。2007年7月1日~2014年12月31日まで。
2007年 独立映画専用館設立。2010年、委託公募問題。社会的問題になる。多くのインディーズ監督がこの劇場で上映しないと宣言した!

■KOFICの振興事業の中から興味深かったもの

○「映画発展基金の設立」 4000億ウォン=400億円の基金!

スクリーンクォータ制度縮小の影響を受けて、設立。政府からの助成金、個人や法人からの寄付金、映画館入場料金の3%を徴収し財源にあてる。3%徴収は、実際は、観客ではなく配給会社と劇場が負担するような形になっている。2008年、映画館運営者と観客2人が訴訟を起こすが敗訴。劇場側から見ると、配給会社には制作支援という利益があるが、劇場には芸術映画専用館への助成金位しか利益がないという意見。しかし、チョン・インソンさんからは、基金によって、良い映画が創られ、良い観客や入場者数が増えたから、劇場に利益が全くないとは言えないのでは?
講座後のQ&Aで「3%賦課金の際に、劇場にクライシスはなかったか?」という問いには、了解するしかなかった。映画産業自体が危機的状況だった。

○「多様性映画の封切支援」

2000年代半ばから、KOFICが「多様性映画」という用語を考案。ハリウッド映画の植民地化を懸念した声があがったことによる。
多様性映画=芸術映画、独立映画、ドキュメンタリー映画、クラッシック映画などの通称。上映規模の小さい作品。芸術性や作家性を大事にしている。複雑なテーマを扱い、大衆が理解しがたい。他国に対する理解に役立つ。etc…
多様性映画投資ファンド。40億ウォンの投資。
60分以上の劇場封切り計画作品の中より、上・下半期各々、およそ10作品に対して1本あたり3000万円までの支援を行っている。

○「流通支援制度」

多様性映画流通拡大と観客の多様性映画観覧環境調整のため。
全国の芸術映画専用館25館、独立映画専用館3館、シネマテーク1館に運営支援を行っている。
芸術映画専用館では、年間219日以上、KOFICが認定する映画を上映しないといけない。ワラナゴ運動の影響で2002年よりスタート。運営は民間が支援(1館あたり5000万ウォン)を受けて行っている。シネコンも参入し始めた。
芸術映画の認定基準は、KOFICの中の芸術映画認定委員会が月1回位、審査する。市場占有率1%以内の映画(韓国、日本、中国、英語圏以外の全ての国)が申し込むと、そのまま認定されるらしい。映画自体の芸術性が基準ではない。

○「独立系映画支援」

「飴玉をくれとせがまずに芝生球場を作ってくれと堂々と要求しよう」1999年「独立映画」という冊子からの言葉。
独立映画人側から、KOFICに対して支援を要求し続け、いいパートナーシップが生まれたのでは。
2000年代初頭まで、劇場向けの長編独立映画は稀だった。流通としては、独立関係の映画祭で上映するか、その映画祭でビデオを売るしかなかった。
2001年劇場封切映画は、1本しかなかった。2004年からデジタル化もあるが流通環境を作った成果で増えている。独立映画の産業市場化が進行。独立映画専門配給会社、VOD会社の登場。KOFIC内にもポスプロチームや施設など、技術チームがある。

○「企画開発支援制度」

中小の制作会社、個人が対象。独立映画だけが対象ではない。企画段階のものが審査によって1年に40~50本選ばれ、1000万ウォン(100万円)の支援が受けられる。3ヶ月後に提出されたシナリオに対して、1000万ウォンの支援が再びある。シナリオの提出がなかったり、出されたものがひどい場合は2段回目の支援はない。(脚本を書いている間の人件費が支払われるという感覚か)

○「共同製作映画インセンティブ支援」

韓国映画会社との合作。20%以上の出資、製作費の70%を国内で支援する劇場向けの長編商業映画に対して最大3億ウォン。年5本以上。

○「非劇場の多様性映画企画上映支援」

地域の文化会館、図書館などでの多様性映画上映への最大500万ウォンまでの支援。

■チョン・インソンさんの意見

◇独立映画は、KOFIC誕生以降、成長しつつあるが、公共的支援がないと専用館も含めて成立できないのでは?
◇芸術映画の観客は、本当に増えているのか?2007年97本、2012年には365本(全体の50%以上の作品)が芸術映画として認定された。
◇政権(政府が変わると制度も変わる?)と独立映画の不安定な関係。
◇独立映画とKOFICのパートナーシップが最も重要。arm’s length 原則(お金は出すが口は出さない) は守られているのか?それが揺れている気がする。独立映画支援制度が発展してきた背景には、KOFICの中で働いている人々は映画好きで、独立映画に対しても好意的で要求を受け入れる関係があった。
◇スクリーンクォータ制度が本当に多様性を守っていくのか?

■深田監督より

「多様性映画」という言葉がいい。独立映画鍋のキャッチコピーにもつながる。10年以上前に、そのことへの気づきがあるのかが日本との差。KOFICの支援が映画人の視点で作られている。日本は、お役所理論で、創ることへの支援はあるが、形が残らないシナリオや流通への支援は難しい。

■Q&Aでは

Q&Aでは、10名の方から次々と手があがり、熱のある質疑応答が交わされました。質問だけでなく、会場の方やチョン・インソンさんへ今の日本のシステムへの提案を求める声もありました。Q&Aは非公開ということもあり、ここでしか聞けない話が聞けるのが非常に魅力的。

■最後にチョン・インソンさんより

KOFICの支援はあるけれど、どのくらい永続的な流れとして、製作、上映、回収、製作が循環的につながっていくのか分からない。
日本は、政府の支援がない状況で、大手20%・独立系80%の作品が作られ公開されている。支援がない中で、この多様性な状況が維持されてるのが素晴らしい。

チョン・インソンさんの静かで落ち着いた語り口の中に、映画への熱い想いが伝わってきました。最後に深田監督より、日本では半世紀前、年間500本の映画が公開され10臆人の観客がいた。2012年、10分の1の観客数なのに500本を超える上映があった。はたして、それを自立と言ってもいいものか?という問いかけがありました。

韓国の映画人達のように熱い声をあげていくことと、観客に様々な映画を目にすることが可能な環境作りが共に必要なのではと、最後に感じました。多様な映画が創られ、観られることによって少しでも社会が豊かになることを強く願います。

(文責:大原とき緒)


当日、講演部分の記録動画