【鍋講座vol.16】新しい配給宣伝の方法を企む公開作戦会議③レポート
【鍋講座vol.16】新しい配給宣伝の方法を企む公開作戦会議③
~『タリウム少女の毒殺日記』の興行結果を全解剖!~レポート
2014年4月8日(火)19:00〜 @アップリンク・ファクトリー
【報告】
■浅井 隆
アップリンク主宰、『タリウム少女の毒殺日記』配給
■土屋 豊
『タリウム少女の毒殺日記』監督
今回の鍋講座は『タリウム少女の毒殺日記』とは馴染みの深いアップリンク・ファクトリーに会場を移し、いつもの鍋講座とは少し異なる雰囲気の中で行われました。タイトルに「全解剖!」と銘打つだけあって、裏の裏まで包み隠さずオープンにするという大胆な企画。浅井さん、土屋監督の勇気と心意気に感謝します。
今回も参加人数は60人を超える大盛況!報告者二人の息もピッタリで、いつにも増して笑いの溢れる、楽しい会になりました。今回もいつもの鍋講座と同様、前半はプロジェクタを使いながらのプレゼンテーション、後半は参加者からの質疑応答という形で進められました。
冒頭で、浅井さんから参加者に質問をし、挙手を求める場面がありました。
・映画を作っている人…10名前後
・映画の配給宣伝に携わっている人…5~6名
私の目測ですので、あまり正確ではありませんが、約1/6が映画制作者(監督?)というのは、高い比率と言って良いのでしょうか。
『タリウム少女の毒殺日記』に対する目論見
独立映画鍋のキックオフ集会が2012年の7月に行われたのですが、その時に『タリウム少女の毒殺日記』(※以降、『タリウム少女』)の試写を行っています。土屋監督は、その頃から、インディペンデント映画が持続可能なシステムをどうやって作るかという事を考えており、そのためには何が必要か、どのような情報共有をしていくか…というのが、土屋監督の映画鍋との関わり方だったそうです。
このような話は、土屋監督が独立映画鍋をスタートさせる以前から、浅井さんとも話をしていたそうです。たとえば、500万で映画を作って、1000万回収できれば、その資金を次の映画製作に繋げていけるよね…というような話の流れの中で、それをどうやって実現するかという1つのテストケースとして『タリウム少女』を一緒にやりませんか?という提案を土屋監督から浅井さんにした事から、アップリンクが配給する現在の形ができたそうです。
一方、浅井さんの方では、独立映画鍋のキックオフに150人集まった事で、動員力がありそうという期待や、土屋監督がクラウドファンディングで宣伝費200万円を集めるという事もあって、配給をしても損は無いだろう…という目算があったようです。
ここから、パワーポイントを使ったプレゼンテーション形式で話が進められました。土屋監督から、まず良い話から…という事で、映画祭での実績が紹介されました。一番大きかったのが、東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」の受賞で、これによって賞金100万円を手に入れ、世界の映画祭に招待されるという足掛かりを作る事ができたそうです。
【浅井】
ニコラス・レフン監督のインタビューをした時、「レッドカーペットシンドローム」という言葉を使っていた。
映画祭で賞を獲る事が目的となり、商業的な方向性を見失ってしまう監督は多い。
世界の中でも、現金で100万円の賞金を出せる映画祭は希少なので、東京国際映画祭での受賞には価値がある。また、ロッテルダムなど世界の映画祭で選ばれるのも名誉な事。
しかし、インディペンデント映画の映画祭受賞に対して、メディア(新聞など)の反応があまり良くない。もっと積極的に取り上げるべきではないか?
映画祭の受賞後、『タリウム少女』の劇場公開は2013年7月6日に決まりました。そこに向けて、土屋監督はまず、動員目標を立てます。それは、実際に掛かった製作費から逆算したものでした。
※P&A費はクラウド・ファンディングで調達するため、土屋監督の持ち出しは無い前提です。
『タリウム少女』の製作費は、現場費140万円+人件費160万円+ポスプロ費100万円で、合計約400万円となっています。興収の分配などについては、後で細かい説明がありますが、客単価を1,500円として単純計算すると、7,000人を動員すれば製作費の回収が可能、10,000人を動員すれば200万円ほどの利益が出る計算になります。第一回目の作戦会議(鍋講座vol.3)にゲストで登壇して頂いた映画プロデューサー、大澤さんの作品『隣る人』は、約2万人を動員したという話を聞いていたため、土屋監督の夢もかなり膨らんでいたそうです。
この時、浅井さんから、客単価1,500円は少し見積りが甘いとの指摘がありました。実際には各種割引などがあるので、平均すると1,300円台になる事が多いようです。また、興収の分配率もその時の様々な状況によって変わるとの事で、土屋監督の以前の作品『新しい神様』を都内の劇場で公開した時には、配給6:劇場4という分配率だったそうです。浅井さんによると、ハリウッドメジャー作品などは、配給7:劇場3というような場合もあるし、アメリカでは極端な場合は初週10:0という事もあるらしいです。この場合、劇場は興行によって収入を得るのではなく、コンセッションで収入を得るそうです。つまり、劇場はコーラやポップコーンを売る店となり、映画で集客を行うという考え方のようです。
クラウド・ファンディングとその内訳
続いて、土屋監督が行った、クラウド・ファンディングの事に話が移りました。今回のプロジェクトで、最終的に集めた金額は2,448,500円で、これは現在もモーションギャラリーのサイトで公開されています。ただし、この金額の内、60万円は土屋監督の自己資金を投入していますので、実際の調達金額は1,848,500円となります。土屋監督は、「この事については、いろいろ議論があると思いますが、支援をしてくれた皆さんには既に告白していますし、クラウド・ファンディングについての鍋講座でも話しています。独立映画鍋の最初のクラウド・ファンディングプロジェクトのひとつだったので、どうして成功させたいという思いから“自己投資”したという感覚です。“やらせ”じゃないかと言われるとちょっと困っちゃうんですけど…(苦笑)」と言っていました。
このクラウド・ファンディングで集めた資金は、『タリウム少女』のP&A費に利用されました。ただし、この作品などの場合、Blu-ray Discで上映を行っていますので、プリント費はほぼ掛かっておらず、ほとんどの費用が広告宣伝費として利用されています。
ここで浅井さんから、その内訳の説明がありました。今回、有料の広告出稿は行っていないそうで、予算の多くが印刷物(チラシやポスターなど)の製作とパブリシストの人件費として支払われています。
浅井さんが用意した資料は本当に細かくて、著名人に依頼したパンフレットの原稿料やコメント料なども実名、単価入りで記載されていました。『タリウム少女』の場合、宮台真司さんや香山リカさんなどに原稿やコメントをお願いしています。浅井さんによると、コメントは(その作品が)本当に好きなら書いてくれるので、金額の大小はあまり関係ないが、失礼にならない程度に支払うべき…との事です。また、配給会社から依頼するよりも、監督個人から直接お願いしてコメントをもらう方が印象が良いという話もありました。
HP制作費はアップリンクの社内にWEBデザイナーがいるので、アップリンク的には、若干の利益を得られている部分のようです。一方で、試写会会場代などは(浅井さん曰く)良心的な価格設定にしている…との事でした。
ここで、試写会に対する浅井さんの持論が展開されました。
【浅井】
最近は試写に来ないで、送られてきたDVDなどで評価する事が増えている。
アカデミー賞も大半はDVD(TVモニター)で評価している。
「試写はスクリーンで観なくちゃ」というのは、オールドスクールの発想。
インディペンデント映画の場合、メジャー作品のようにセキュリティを気にする必要も無いので、観たいという人には、バンバンDVDを送ってあげるべき。
パブリシストにも多くの予算が割かれていますが、今回は、アップリンク社内のパブリシストの他に、フリーのパブリシストにも外注を出すという事を実験的に行ったそうです。しかし、この外注はうまく行かなかった部分もあったようです。
【浅井】
今、業界では配給会社がパブリシストを社内において育てない傾向にある。配給会社が人を育てても1、2年働いて会社を辞めて独立して事務所もなく携帯電話だけでパブリシストを名乗れるのが現状。
ならば、社内にスタッフを置かずに宣伝は外注したほうが固定費を削減できると考える配給会社もあるだろう。でもそうすると社内にノウハウが蓄積されず試写状のリストさえも外注頼みというのも問題があると思う。
メジャーは昔から配給と宣伝は完全に分業していて、経験のある宣伝会社にパブリシティは頼んでいるが。インディーズ映画の場合、そのような経験のあるプロの宣伝会社に頼む予算はないので、フリーのパブリシストの誰に宣伝を頼むかが、映画を成功させるかどうかの大きな要因になっている。
映画鍋でも上映を成功させるためには、みんなの経験をもとに、良いパブリシストは誰なのかという情報共有をするといいのでは。
広告宣伝の戦略、そして結果は…
再びプレゼンテーションに戻り、土屋監督から、ポスターのビジュアルの変遷や当初の作品タイトルであった『GFP BUNNY』から『タリウム少女の毒殺日記』に変更された経緯などが語られました。土屋監督としては不本意だったようですが、第一回目の作戦会議(鍋講座vol.3)の参加者から『GFP BUNNY』は覚えにくいという意見が出され、分かりやすいタイトルをみんなで模索したとの事です。『タリウム少女』同様、実際にあった事件を元にした映画『先生を流産させる会』の興収を確認したところ、1千万いっているという情報を聞いたため、そのぐらい分かりやすいタイトルの方が良いのではないか…という事から、現在のタイトルに変更されたそうです。
チラシのビジュアルに関しては、土屋監督は満足しているようですが、浅井さんとしては若干の不満があるらしく、この映画は少女が母親にタリウムを投与した実話をモチーフにしているので、ケミカルな殺人をイメージしていたのに、何で血しぶきのようなビジュアルを使うのだろう…と、ずっと(未だに)思っているようです。チラシの裏面には「抜群の不快感」「アイ・ヘイト・ディス・ムービー」など、ネガティブなコピーが盛りだくさんで、とても映画の宣伝とは思えません。浅井さんによると、自分は大阪出身なので、こういう自虐的な笑いが刷り込まれている…らしいです。もっとも、土屋監督の方には、何故、それをあえて宣伝に使うのかという疑問はあるようですが。
「この映画を日本映画の代表として世界に紹介してはならない」というコピーに関しては、東京国際映画祭で受賞した際、外務省が作品も観ないうちから、海外でプロモーション上映したいと提案してきたようなのですが、外務省に帰ってDVDを試写したところ、そのような判断をしたそうで…笑い話としては面白いですが、それをそのまま宣伝に使ってしまうというのは、かなり自虐的です。
次にパブリシティの紹介がありました。公開直後の7月8日に日経新聞夕刊に『タリウム少女』を紹介する記事が掲載されたのですが、これによって、年齢層の高い観客が増えたと言います。私自身もアップリンクで、『タリウム少女』を何回か観ていますが、熟年層の方々が夫婦で鑑賞に来ていたりして、想像していたよりも観客の年齢層が高い事は意外に感じていました。親子で鑑賞に来ている人たちも、何組もいたそうです。
土屋監督が紹介した新聞の記事は、日経、朝日、読売の各夕刊(しかし日経以外は小さい囲み記事)と共同通信の配信、THE JAPAN TIMESという英字新聞の5紙でした。
【浅井】
東京国際映画祭の受賞作で、テーマ的にも社会性のある問題作なので、配給宣伝の担当としては、監督インタビューや「管理社会」などのキーワードを絡めた記事にして欲しいという思いはある。しかし、映画祭の受賞作でなければ、ここまでの記事にすら、なっていない可能性もある。テレビで紹介されるのは、まず無理。
インターネットに関しては、トークショーなどのイベントがある時に、アップリンクからニュースリリースとして100弱のニュースサイトに配信している。ニュースサイトは、Yahoo!などの大手サイトに情報を提供しているので、そこから複数のサイトに掲載されたり、Twitterで情報を拡散する人たちなどがいるので、情報は広がりやすい。ただ、最近は、大手のサイトよりも個人のブログの方がアクセスが多かったりもするので、どこに向けて情報を発信すれば良いのか悩みどころでもある。
次に、先ほどの本チラシとは別に配布した、コメントチラシについて説明がありました。
自虐的な本チラシとは打って変わり、こちらには見出しから「絶賛コメントの嵐!!」と、完全に肯定的なコメントが並びます。土屋監督と浅井さんは、これを「二弾ロケット方式」と呼んでおり、一発目では『先生を流産させる会』的なインパクト重視のプロモーションを行い、二発目のコメントチラシによって、世間はまだ、この映画を正当に評価できないけど、先鋭的な一部の人たちには、ちゃんと理解されているんだよ…という見解に繋げる事を意図していたそうです。
イベントの方もコメントチラシ同様、社会学や生物科学などの観点からトークショーを行ったり、その一方で、血しぶき系のキワモノ的なイベントも行うと、2方向へのアプローチを行ったそうです。特に早稲田大学でイベントを行った際には、映画の中にリアルな自分を投影している学生たちを発見し、若い人にこの作品を語ってもらおうという形に宣伝の方向性もシフトしたそうです。観客のリアルな反応を捉える意味で、イベントというのも、映画宣伝における重要な要素になるのだな…という事が分かるエピソードです。
こういう経験をする中で、現代の若者に確実に刺さる映画という実感を土屋監督も浅井さんも持ったそうですが、それに気付くのが、ちょっと遅かったという感じも持っているそうです。もう少し早く、そういうターゲットを存在に気付き、適切なアプローチができていれば、もう少し違う結果になっていたのかもしれません。
というところで、みんなが待ちに待った、成績発表の時間になりました。
『タリウム少女』の上映劇場は、都内はアップリンク1館のみ、地方は名古屋シネマテーク、シネマート心斎橋などをはじめ9館です。(ただし、その内1館は現時点で未精算のため、計算からは除外されています)
まず、動員数の発表です。
アップリンクで13週間の上映で、動員数は2005人、地方で集計済みの動員数を合計すると、全部で824人…合計2829人!
…当初の目論見と比べると、かなり少ない動員数です。
この動員数に対する興収は400万円弱となります。その内50~60%が劇場の取り分となり、残った金額の20%が配給手数料としてアップリンクに入ります。これらを差し引いて、土屋監督の手元に残るのは、およそ140万円となり、残念ながら、興行だけでは製作費の回収には及ばない結果となってしまいました。また、これに物販(パンフレットなど)の収入から、同じく手数料20%を差し引いた約30万円が土屋監督の収入となります。この金額は比率的にも大きく、重要な収益源と考える事ができます。
なお、アップリンクの配給手数料は、アップリンクがP&A全額を負担した場合、通常は50%に設定されています。つまり、興行収入の50%が劇場の取り分だった場合、25%がアップリンク(配給会社)、25%が監督の取り分となります。しかし今回のように、監督の方でP&A費を負担した場合には、配給会社の方のリスクがないため、手数料を20%に設定しているそうです。
この後、東京と地方の興行成績の比較になりました。具体的なデータを見れば、その差は歴然で、中には興収が10万円にも満たない劇場もあり、改めて大きな格差を感じます。
【浅井】
TOHOシネマズは日本橋、新宿、上野などに立て続けに出店している。
都心の人口過密地域にしか観客は集まらない。
ご当地映画などの例外はあるが、ほとんどの映画は東京が全て。
東京で入らない映画だと、地方の劇場は上映を決めない。
この他、東京国際映画祭の賞金100万円、海外の映画祭へのレンタル料や海外に配給権が売れた分、また国内での自主上映のレンタル料金などが土屋監督の収入となります。海外の映画祭に招待される場合、映画祭の方で費用(交通費)を負担して監督を招聘するか、その代わりにレンタル料をもらうか交渉できる事もあるそうです。
先に説明があった通り、『タリウム少女』の制作費として、土屋監督は400万円を使っていました。これに対して土屋監督が得た収入は興行による収入140万円+物販30万円+東京国際映画祭の賞金100万円で、約270万円となります。これに映画祭のレンタル料など細かい収入を足しても、約100万円の赤字…という結果になりました。
質疑応答
1時間を少し過ぎたところで、少し長めの休憩(+アップリンク特製カレーの販売タイム)を挟み、質疑応答の時間へと移りました。今回は特に、映画製作者視点での具体的な質問が多かったように感じます。
以下、主なやり取りを抜粋して紹介します。
■海外セールスの状況は?
【浅井】
結果、売れてはいない。映画祭で回る映画は30箇所ぐらい行く。こういう映画は海外で商業映画として公開される事はあまり無いので、映画祭でレンタル料を小さく稼ぐしかない。しかし、1つの作品が映画祭などで国際的に評価されれば、次の作品を撮った時、改めて注目されるという事はあるかもしれない。
【土屋】
前作の『PEEP “TV” SHOW』は40ぐらいの映画祭に行ったが、今回はそれに比べて少なかった。作品の質は前作よりも良くなっていると思うが、前作から10年経つので、その頃とは状況が変わっているのかもしれない。『PEEP “TV” SHOW』はロッテルダムのコンペ作品だった事も大きいかもしれないが。
■(アップリンクに対して)低予算の映画を配給するモチベーションは?
【浅井】
アート映画やDVDのマーケットが衰退している状況の中で、アップリンクとして、インディペンデントの映画に積極的に関わったり、支援したいという気持ちはある。今回のように、監督の方からP&A費を持参してくれるような形態であれば、アップリンクのリスクは少ないのでリクープはしやすい。あとは監督の方で制作費を回収し、次の制作に繋げられるような形をうまく作っていきたい。
■アップリンクが配給だけやって他の劇場で公開するという考えはなかったのか?
【浅井】
アップリンクであれば、ロングランができる。アップリンクは1スクリーンあたりのキャパシティが低い(40人~60人)ので、30人いれば、そこそこの混雑具合に見えるが、他の劇場では1回に対して30人の動員では少ない。結果、短い期間で上映が打ち切られる可能性が高い。また、自社劇場の場合、トークショーなどの仕掛けもしやすい。
■映画制作における人件費の扱いは?
【土屋】
スタッフと出演者への支払いは済んでいる。映画の成功(興収や映画祭での受賞など)とは無関係。
ここで客席の数名から補足が、日本の映画業界の慣例や舞台演劇の話にまで及んだのですが、大まかに言って、キャストのギャラを定額で支払うのか、興行成績に応じて上乗せするのか、2つの方式に分かれるようです。日本の大手映画会社では、定額で支払うのが一般的なようですが、低予算のインディペンデント映画の制作においては、収益をキャストやスタッフで分配するような方式も検討の価値はありそうです。
■地方で自主映画を製作している人たちが生き残る術は?
【浅井】
東京で上映する以外無いと思う。趣味で続ける事はできると思うが、地方の映画館で上映するだけでは、ご当地映画としては成功しても、全国の興行のサーキットに乗せる事は難しい。
■動員を増やすために監督や出演者が行った事は?
【土屋】
公開前の期間は、身体を空けておき、いつでも取材を受けられる体制を整えておいた。また、ソーシャルメディアなどを活用して、宣伝活動だけに集中できるようにしていた。公開後は、トークショーのために劇場に日参していた。海外の映画祭に行っている期間以外は、ほぼ毎日、トークショーを行っていた。主演の倉持由香は、公開している時期から徐々に知名度がアップしてきていたので、自分のプロモーションと併せて(主にインターネット上で)宣伝活動を行っていた。キャストに対するチケットノルマなどは一切なかった。
【浅井】
結論から言うと、インディペンデント映画を商業的に成功させるには、企画と脚本が全て。ここはお金が掛からない部分であり、頭を使うことで解決できる。一人でなくスタッフでチームを作る事が重要。キャストで注目させるのは有効。メジャーの映画に出ている俳優でも、作品の内容が良ければ出てくれる可能性は高い。そこのところを追い込んでいない映画が多い。
【土屋】
『タリウム少女』を作っていく段階で、どういう観客がこの映画を観るのか、どうやったらその集団に届くのかという所を明確にイメージできていなかった。
【浅井】
土屋監督の今後の企画に関しては、監督に拘る必要はないと思っている。プロデューサー、コンセプトメーカーとして若い監督をオーガナイズしたらどうか?
【土屋】
自分が1人で企画していたらダメ。今回やってみて、複数のスタッフでやるべきだと思った。作ってから売るのではなく、作っている時から売る事を頭に入れておく必要がある。自分が表現したい事は前面に出していくが、他のスタッフの意見も取り入れる形を次回作では作りたい。
■(広告で)女子高生やエログロだけで押し切らなかったのは、倫理的なストップが掛かったのか?
【浅井】
倫理というより、アップリンクとしての最低限の品位はある。エロが興行で強いことは事実だが
そこだけをターゲットにしたくはない。映画には、もっと高尚なものを求めたい。
■地方(大阪、名古屋なども含め)でも丁寧に宣伝活動を行えば観客は入るのではないか?
【浅井】
単純に人口比の問題。新宿や渋谷で上映すれば、埼玉、神奈川など首都圏全域から観客が集まる。大阪、名古屋はまだ人口が多いが、それ以外の都市は、駅前にほとんど人が歩いていない。宣伝の問題ではなく、単純に人が少ない。地方で人が集中するのはショッピングモールなどで、そこにはイオンシネマが存在するが、そこで上映される映画は『タリウム少女』ではない。
■地方は劇場よりもインターネット配信にシフトすべきではないか?
【浅井】
自分もベッドの上で映画を観る事はあるが、それでも感動はできるし、心にも伝わる。でも、劇場で赤の他人と同じ映画を観る、体験を共有するという感覚は、それとは違う。トークショーなど生のイベントもできるし、アップリンクぐらいの規模でも、小さな出会いの場として成立する。最近は劇場公開より先にインターネットで配信する作品もあるし、それはそれで、新しいビジネスとして展開できる可能性は十分にある。また、ハリウッドの最近の作品は、小さいデバイスで鑑賞する事を前提に撮っているので、カメラアングルなどもそれに合わせて、鑑賞に耐えられるものになっている。
■倉持由香の人気が上昇した事で、今から新たなプロモーションは考えてないのか?
【土屋】
今から大きく上映できる機会は、まず無い。自主上映で小さく稼げる可能性はある。
■DVDの販売は?
【浅井】
『タリウム少女』単体では、セルもレンタルも厳しい。マーケットを考えると販売するだけでリスクになる。
【土屋】
実は、音楽の使用料を劇場公開の分しか払っていないので、DVDを販売すると、さらに40万円の追加が必要になる。しかし、その費用を全て負担しても良いという倉持由香ファンも存在している。10万円出せるファンが10人いれば100万円になるので、もっと限定的なビジネスもあるかもしれない。しかし、なかなかそこまではできない気持ちもある。
■アートとしての展開は?
【浅井】
美術館やコレクターに限定したセールスを行っている映像アーティストも存在する。そういうスタイルも方法論の1つとしてある。
総括
今回は、いつもの鍋講座とは異なり、1つの事例に対して深く掘り下げ、普通だと公表できないような具体的な情報に触れる事ができる、貴重な場となりました。予想はしていたものの、想像以上に厳しいインディペンデント映画の現状を垣間見る事ができた気がします。
私はアップリンクの配給サポートワークショップを受講しており、浅井さんから直接、配給宣伝などに関する話を聞く機会は多いですが、土屋さんとのコンビネーションは抜群で、いつにも増してトークが冴え渡っていました。ここまで笑いの多い鍋講座は、滅多にないと思います。今後もこのコンビで、何かトークショーでもやってくれたら面白いな…と、ちょっと期待しています。
独立映画鍋自体、今後の方向性を模索する、ある種のターニングポイントに差し掛かっています。『タリウム少女』を1つのテストケースとして、今後の独立映画の在り方や、土屋監督が目論んでいた「映画制作が持続可能なシステム」をどうやって構築していくか、みんなで一緒に考えていけると、独立映画鍋の存在意義が、より大きくなるのではないかと考えています。
(文責:山口 亮)