第2部『関西次世代映画ショーケース』レポート
地域から次世代映画を考える:制作者の視点、上映者の視点
第1部 映画はどこでもつくれる!か?~地方で映画を作るわけ~
第2部 関西次世代映画ショーケース~京阪神ミニシアターの現状とインディペンデント映画の上映スキーム~
開催日:2018年1月27日(土)
会 場:京都府京都文化博物館
【第2部 関西次世代映画ショーケース~京阪神ミニシアターの現状とインディペンデント映画の上映スキーム~】
インディペンデント映画(自主制作映画)は撮影機材の普及やデジタル化等により近年、本数が増える傾向にあり、年間約600本作られている日本映画の多くがインディペンデント映画である。その一方で、興行的には東京以外のミニシアターでは動員力が年々、弱体化している。経営的な側面だけを見れば、インディペンデント映画の興行は縮小せざるを得ないことになってしまうが、果たしてそれで良いのだろうか。映画館は「商売」であると同時に「文化を支える場」でもあるのではないか。では、それぞれを両立させるために「本当に観てほしい映画」をお客様に届けるにはどうすればいいのだろうか。
今回のシンポジウム第2部には、こうした現状に危機感を持つ京阪神のミニシアター館主たちが集まった。まず前半では京阪神におけるインディペンデント映画の興行状況を共有しながら、後半では具体的な上映スキームを検討していくことになった。これまでも特集上映『濱口竜介プロスペクティブ』(2013年)や、学生が500円で映画を観られる「え~がな500」などの取り組みを共同で実施してきた京阪神のミニシアターが、識者とともに新しい共同事業の可能性を模索するシンポジウムとなった。(文・永野貴将)
【ゲスト】
土田環(早稲田大学 専任講師)
福永信(小説家)
林未来(元町映画館支配人)
山崎紀子(シネ・ヌーヴォ支配人)
吉田由利香(京都みなみ会館支配人)
田中誠一(出町座支配人)
松村厚(元第七藝術劇場支配人、フリー映画宣伝)
司会:川村健一郎(立命館大学映像学部教授)
◆インディペンデント映画をめぐる現状
川村健一郎(以下、川村):ここで題材に扱うインディペンデント映画は、メジャーで配給されている作品以外を指すこととしますが、そのインディペンデント映画が、ここ10年で公開本数を爆発的に底上げしてきました。例えば、日本映画でいえば2003年に300本程度だった公開本数が、10年後の2013年には、倍の600本を超える本数となり、その多くがインディペンデント映画となっています。まずは現在の公開の状況について、土田環さんにうかがいます。
土田環(以下、土田):日本では、「インディペンデント映画」や「自主映画」の定義がこれまで曖昧なままでした。単に製作に商業資本の介在しないものを自主映画=インディペンデント映画だとすれば、シングル8の普及によって8ミリ映画の制作が全盛期を迎え、70年代半ばに「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」が立ち上がった70年代後半から80年代にかけて、撮影所や商業システムの外で映画を制作する人々が急激に増え、「インディペンデント」や「自主」といった言葉を映画に付すことが一般的になったように思います。この頃は、自主映画の上映に際して、「ノン・シアター」、「オフ・シアター」といった言葉が用いられていたように、劇場で作品を上映するよりは、それ以外のスペースや映画祭で作品が観られていたし、そうした機会も今よりは多かったはずです。その後、石井聰亙さんや長崎俊一さんの活躍など、自主映画をどこで上映するかという境界は次第に溶解していったと思います。
先日、日本映画製作者連盟が2017年の興行の概況を発表しましたが、2300億円近い興行マーケットのうち、日本映画が約50%(約600本)を占めています。アメリカを除いて、海外と比較してみても、自国の映画の占有率が高い国はそれほどありません。とにかく、たくさん作られているわけです。しかし、その実情を見てみれば、そのうち約20%が大手メジャーによる作品で、その20%の作品が興行収入のシェア約85%を占めています。つまり、その600本のうちの大手メジャー以外の80%が15%のシェアのなかに群がっているわけです。このままだと大手メジャー作品に行く以外、興行的には利益を多く見込めない、映画制作に携わる人たちの多くが経済的に映画を作り続けることが困難な状況を強いられるという状況になってしまいます。そうすると映画の多様性は確実に失われてしまいます。
◆なぜ制作本数が増えたのか
土田:きっかけの1つはデジタル化です。機材の簡素化により誰でも簡単に撮れるようになった。また、大学にも映画を教える学科が増え、学校の実習や卒業制作のような作品の製作本数も非常に多くなり、劇場で公開されるケースも増えました。昨年のPFF作品の大半は映画系の学校の作品でした。語義的には、これって本当に自主映画といえるのか疑問はあります。制度的な枠組みのなかで本当に撮りたいものは作られているの?、自主映画ってもっと尖ってたんじゃない?、といった懸念ですね。ただ、それをいたずらに否定してみても仕方がないと思います。時代の流れとして、映画が教育のなかである程度認められるようなものになったということでもあります。撮影所のような人材育成機関がなく、また、自分独りでは映画作りを学ぶことはなかなか難しい。そうした現在において、学校がきっかけとして存在し、そのなかで制作された作品がPFFで受賞するような時代になったということなのでしょう。
◆たどり着くまでの道が狭い
川村:映画を教える学校が増えたことと予算の低廉化が寄与しているのは間違いなさそうですね。では、福永さんにお聞きします。インディペンデント映画は宣伝力に乏しいのですが、どうやって情報収集していますか?
福永信(以下、福永):インディペンデント映画は見逃してばかりですね。存在を知った時には上映が終わっていることが本当に多いです。上映会でしか観られなかったり、DVDにならないことも多いので、その作品にたどり着くまでのルートが非常に狭く感じますね。一つの例を挙げると、『VILLAGE ON THE VILLAGE』(黒川幸則監督)です。書評の専門紙「週刊読書人」での映画評を読んで初めて知りました。この映画評で見つけたことすら偶然で、見つけていなかったら「立誠シネマプロジェクト」(2017年7月終了)に通ってなかったかもしれない。本当にタイミングに左右されますよね。
◆インディペンデント映画の興行は本当に苦しい
川村:映画館側からインディペンデント映画をめぐる状況をお聞きします。
田中誠一(以下、田中):映画の公開までの流れについてスライドにまとめました。まず、ベースは配給会社と劇場がやり取りして作品を上映していくことになります。これはインディペンデント映画でも商業映画でも同じで、宣伝方法を配給会社と劇場が相談して決めていくのが基本です。宣伝物をどうするとか、予告編やキャンペーン、そして上映素材の手配、パンフなどの物販についても上映までにやり取りします。興行収入をどう分配するかも決めていきます。
川村:では、インディペンデント映画を京阪神のミニシアターでどのくらい上映しているのか、実際のデータを観ながら話していただけますか?
山崎紀子(以下、山崎):シネ・ヌーヴォの場合は旧作の特集上映が多くて75%です。2017年は特集上映25企画で354本を上映しました。新作ロードショーは年間で118本。うち45本がインディペンデント映画でした。
吉田由利香(以下、吉田):京都みなみ会館では特集上映が売り上げの主要を占めていますが、空族の『バンコクナイツ』(富田克也監督)は一般的な作品より好成績でした。
林未来(以下、林):元町映画館では年間上映本数の2割程度がインディペンデント映画ですが、インディペンデント映画の興行は本当に苦しいですね。
◆一本一本に愛情をかけて育てられない
川村:松村さんにお聞きします。インディペンデント映画の中でも特に自主配給の作品をどうやって後押ししていけばいいと思いますか?
松村厚(以下、松村):東京ではまだ何とか仲間内で集客できると思うんですが、関西で上映すると全然お客さんが入らないですね。編成して組んでしまえば上映自体は可能ですが、監督たちも関西まで来る金銭的な体力がなく、宣伝にかけるお金も少ない。配給会社が入ってても宣伝予算の9割は東京で使い切ってしまうので、関西では予算的に苦しいのが実情です。お客さんが入らないからと言って斬り捨ててしまうのは簡単なんですが、ミニシアターの役割って若手の作家を発掘して応援していくことだと思うんです。
吉田:上映をオファーされる作品数がものすごく増えています。その全てを観て、新しい人を発掘していくのが本当に大変です。作品数が多すぎて。一本一本に対して愛情をかけて育てられていないのが、興行収入の減少につながっているのかもしれません。
◆「商売」の一方で「文化」を支える場でもある
吉田:例えば、東京からDVDと手紙だけ送られても、どんな監督なのかをひもとくこともできず、たとえ上映したとしても公開初日にお客さん3人しかいなかった…といった状況もあったりして、監督たちはがく然としています。この状況は決して良くありません。地方でもこういう小規模の作品を見るお客様を育てていかなければいけないと思います。
川村:自主制作、自主配給作品を関西でも上映したいが、東京でヒットしたから関西でもヒットするという、かつてのようにはいかないわけですね。
田中:劇場は慈善事業ではなく補助金があるわけでもなく、純粋にお客さまのチケット収入で成り立っています。そう考えると、お客様に来てもらえない作品は、本来は、斬り捨てていかざるを得ないわけです。ただ、それでもインディペンデント映画は上映し続けなくてはならないと思うんです。なぜなら、単に商売だけではなく映画は文化でもあるからです。映画館はその文化を支える場でもあるので、お客様とも文化の場を共有することをこれからも維持していきたいと思っています。
◆劇場はインディペンデント映画の公開をあきらめたくない
林:劇場はインディペンデント映画の公開をあきらめたくないんです。インディペンデント映画は新しい発見をさせてくれる、新しい価値観を生み出してくれるからです。ただ、普通に上映していても、お客さんが入らない。入らないから興行が成り立たない。成り立たないから上映しにくい。そんな状況になってしまうんです。
作品の善し悪しや制作者の頑張りということ以前に、インディペンデント映画にたどりつくまでの道のりが狭すぎるんじゃないでしょうか。お客さんに選ばれてないのではなく、知られていないんじゃないでしょうか。それなら、お客様にも分かりやすいように「おすすめ印」をつけようじゃないか、というのが今回の「関西次世代映画ショーケース」です。
◆「関西次世代映画ショーケース」とは
林:「みんなに本当に見てほしい映画なんだ」という意味を込めて、年間に10本くらい、劇場側が本当にお薦めしたい映画に「おすすめ印」というラベル付けをしていきたい。そういう意思表示を通じて、積極的に紹介していきたい。そんな「次世代」作品を集めた映画祭も将来的にはやっていきたいです。それを何年か繰り返しているうちにそのラベルが品質保証になっていけばいいと思っています。
田中:「関西次世代ショーケース」というのは作品の評価ではなく、お客さんと本当に共有したい作品だということです。もちろん今までもそういう映画を上映してきましたが、観てもらいたい作品なのにどうしてもお客さんが入らないという作品がそれぞれの劇場にあるので、それを各劇場で共有して、ラベルを付けていこうというものです。
川村:京阪神のミニシアターで実施した『濱口竜介プロスペクティブ』という特集上映は、東京と異なるプログラムを組んで、想定以上のお客様が入って好評だった。京阪神のミニシアター同士が相互で協力して一つの企画をやったことが今回の企画につながっているわけですね。京阪神が協力して特集を盛り上げていくことが一つのスキームになり得るかもしれませんね。
◆劇場それぞれのお薦めの1本
田中:例えば、立誠シネマプロジェクトで出会って来たたくさんの作品の中でも『FORMA』という映画は毎年12月にずっと上映を続けていた映画です。「出町座」への移転が年明けになりそうだったんですが、『FORMA』を上映したいがために年内に間に合わせたと言ってもいいほどです。僕がこの仕事を続ける限り、毎年12月に必ず上映したい作品です。
山崎:シネ・ヌーヴォは『鉱 ARAGANE』です。東京から上映が始まるのが普通なんですが、山形国際ドキュメンタリー映画祭で出会って、東京での上映がなかなか決まらなくて、監督が大阪出身だということで、シネ・ヌーヴォで先駆けて上映した作品です。監督にも毎日舞台挨拶してもらったり、制作者と協力して育ててきた作品です。
吉田:京都みなみ会館としては『月夜釜合戦』を第1弾とすることにしました。16ミリで撮影して16ミリで上映する。これこそ映画館に来ないと体験できないもの。ぜひ映画館で体験してほしいです。
林:元町映画館は濱口竜介監督の『ハッピーアワー』です。神戸に住んでたこともある濱口監督が神戸で撮影した“地元作品”で思い入れはひとしおです。これから商業映画に進出していく濱口監督ですから、今後もう二度とこういう映画は作れないかもしれない。5時間超えの全3部という、とても長い作品ですが、それと向き合う時間は大切にしていきたい。2017年の年末にも3回目の上映もしました。これからも毎年上映を続けていきたい作品です。
◆劇場の支配人がもっと前に出てみては?
福永:今日のような、上映とトークは、映画体験として貴重で、本当に楽しい。支配人たちの意気込みが伝わってきました。こんな面白い支配人たちがいるなら、もっと前に出てお薦めしてもいいんじゃないかと思いました。
例えば『FORMA』の上映では、田中さんの“前口上”がまるで作品の一部のようで、観に行って本当に良かった。DVDにもならないし、毎年12月が楽しみになる作品でした。
土田:ミニシアターと連携したかたちで、小規模予算の映画が拡大上映されるという形式は、これまでにもあったので、単にラベルを貼るだけで終わってほしくないと思います。東京から発信する流れに沿うのではなく、逆に、関西独自のローカリティを高めることに可能性があるかもしれません。その根底になければならないのは、いま各劇場の支配人の方たちがおっしゃっていたように、プログラムにあるのだと思います。劇場それぞれが特色を出して、やりたいことをやりたいようにやっていると、離れた東京にも伝わるのではないでしょうか。(終)